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時代の流れで日記からブログにしてみた
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私らしからぬ今日のテーマはダーク。
ちなみに今、女の子がいっぱいのサークルから帰ってきたばっかりです。
うん、またかわいい進入部員が入ってきた。金曜日もがんばろう。

最近の打吹さんのブログを見ると、昔の自分を思い出します。
人間、極度の鬱状態になると、死というものを考えてしまうことがあります。

別に打吹さんは死のうとか思っているわけじゃないので、大丈夫だとは思いますが、
何かこう、精神的に
「あぁ、追い詰められてるなぁ、いっぱいいっぱいだなぁ。」というのが
文脈からひしひしと伝わるんですよねぇ・・・

さて本題。文体も変えます。
たまに母が
「最近の子は死というものを軽視している。すぐ死ぬだのなんだのと言って・・・」
と、言うが果たしてそれは軽視していると簡単に捕らえてもいいのだろうか?

昔よりもいじめと言うものは確実に陰湿になっている。
しかも教師が生徒をいじめているような時代だ。
目立たないやつでもターゲットに決められたら理由無くいじめられる時代だ。

死を軽視しているとは言うが、
確かにファミコン世代、リセット世代と言われても仕方の無いような、
環境で育った私たちには言い返せないところもあるかもしれない。
が、精神的ストレスと言うものは父母の世代よりも格段にあがっていると言うことは付け加えておこう。

・・・ちなみに私が一番嫌いなセリフは
「いじめてられているやつにも原因があるんじゃないのか?」という輩だ。
これは、ハッキリ大きな声で私はそいつに「お前なんか死ね」と言ってやりたい。

いじめられているやつに原因なんて、ない。
それは強い者の理論、いじめられたことの無いやつの理論、そしていじめっ子の理論だ。
こんなセリフを真顔で言うやつには、普段出さない鉄拳制裁を出したくなる。

大体、原因があるなら普通にその子と話し合えばよいではないか。
それでも聞かないなら先生に相談するなりすればよい話である。
それをいじめの対象におくことそのものが間違っている話である。

私は打吹さんが説得を白々しく感じると言うのも分かる。
自殺しようとしている人の心なんて、
死を決断しようとしているくらいに複雑な気持ちになっているのだから、
それが何か言葉一つで簡単に変えられるものなのであればそれは白々しくもなるだろう。

しかし、番組を作る製作者側の伝えたいこと、
メッセージまでを読み取ろうとしているであろうか?
そうなってほしい、そうありたいという願い。
確かにかわいい理想論ではあります。

ただ、そういう番組が素直に見れない人が増えたから、
夢を持つ子供、希望を持つ子供が減り、
現実主義、刹那的な生き方の子供が増えてしまう。
そうは思いませんか?
マイナスに考えてよいことなんて何一つ無いんです。
理想にしか見えないのであれば、「あぁ、そういう考え方もあるのか。
いや俺ならこう説得するな・・・とか。」
少しでもこう、違った視点で物が見れるって言うのは大事です。

まぁ、それで簡単に現状が打破で切るならとっくにやっているとか言われそうですがね・・・

あぁ、ちなみに私、理想は高く持つ人間です。O型の。
ただ、理想が高い分、夢だけで飯が食えるか!とか言われそうですね。
う~ん、それを言われると困る・・・
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